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IBM 100年の軌跡
 

「THINK(考えよ)」という文化

 

1914年、トーマス・J・ワトソンSr.は、ニューヨーク市にある、後にIBMと改名されるC-T-R(Computing-Tabulating-Recording)社に初めて足を踏み入れました。 C-T-R社はその3年前の1911年に3つの会社が合弁して生まれ、前身となる3つの会社の所在地はそれぞれニューヨーク、ワシントンD.C.、そしてオハイオと地理的に離れていました。そのためか、この会社は一つの組織としては機能していませんでした。ワトソンは、この3つの組織を一つにまとめあげること、つまり、経営面だけではなく信念やプロセスも共通にすることが自分に課せられた最重要課題の一つであると悟りました。

今日われわれは、このように組織を結びつけるものを企業文化と呼び、この言葉の考案者であるマサチューセッツ工科大学スローン・マネジメント・スクールのエドガー・シャイン(Edgar Schein)教授は、「集団によって共有され、その集団の認識、思考、感情、およびある程度の顕在行動を決定する、社会の仕組みまたはそのあるべき姿に関する暗黙の基本的な一連の前提」と定義しています。ワトソンは、非常に意識的かつ広範囲に企業の文化を築いた最初のビジネス・リーダーと見なされています。著作家のトム・ピーターズ(Tom Peters)とロバート・H・ウォーターマンJr.(Robert H. Waterman Jr.)は、ビジネス分野の名著であり、IBMを大きく取り上げた2人の共著である “In Search of Excellence(邦題 : 『エクセレント・カンパニー』)”の中で、長期にわたる成功の秘訣の一つとして、個人の尊重に根差した価値観に基づく強固な経営哲学を創造する能力を挙げています。「これらの企業に活気を与えているのは組織の方策、仕組み、方法、および価値観の充溢であり、そのすべてが相互に強め合うことで、普通の人々が非凡な成果を達成し得る真に際立った企業となっている」と二人は書いています。

ワトソンは、非常に細分化されていたC-T-R社に確固とした文化を根付かせる試みに直ちに着手し、NCR(National Cash Register )社の営業部長のときに採用したモットーである「THINK(考えよ)」をいち早くC-T-R社の社是に充てました。実際、このモットーは、彼の新しい会社にふさわしいものでした。C-T-R社の計数装置と計測装置は、人々が作業をより速く正確にこなすのに役立ちました。その将来を展望したとき、ワトソンは、人々の思考を助ける機械にはほぼ無限に近い可能性が秘められていること、そして、そうした機械を考案し、設計し、製造そして販売する、賢明な人々を採用した企業には、非常に大きな機会が与えられることに気づきました。組み立て製造ラインの作業員から技術者、販売員、秘書に至るまで、すべての従業員が「考える人」になるように奨励することがC-T-R社を一つにまとめる道でした。

C-T-R社に入る以前の1911年、ワトソンは、NCR社の営業部長の早朝ミーティングで「THINK」のモットーを掲げました。この日、営業部長たちは、業務の改善方法について何も良い考えが浮かびませんでした。失望したワトソンは、部屋の前に進み出て皆を厳しく叱責しました。「われわれ全員が抱えている問題は、十分に考えようとしないことだ」と彼は大声で述べました。「知識は思考の結果であり、思考はビジネスの分野を問わず成功の基礎を成すものだ」と皆に伝えました。ワトソンは、以降、「THINK」を会社のスローガンにすることをその場で決定し、太字で「THINK」と書いた紙を部屋の壁に翌朝貼るように部下に命じました。

1924年にC-T-R社がIBMに社名変更すると、「THINK」はIBMを一つに結びつけている考えとして常に存在していました。このスローガンが社内に徹底されたころには、「THINK」のサインが、IBMのオフィスの机や壁に無数に溢れていました。IBMはTHINK誌という従業員向けの雑誌を発行し、多くのIBM社員は、表紙に「THINK」と刻印されたポケット・サイズのメモ帳を持ち歩いていました。

「THINK」はまかれた種だったのかもしれませんが、IBMの文化の一面に過ぎませんでした。長年にわたって、IBMはいわゆる基本的信条を作り上げ、これは従業員の行動指針として策定されており、以下の内容で構成されています。

  • 個人の尊重
  • 最善の顧客サービス
  • 完全性の追求

1962年、トーマス・J・ワトソンJr.は、コロンビア大学の聴衆に向かって「一見不可能に思える仕事を進んで引き受けることで、組織は初めて頭角を現すと信じています」と語っています。 また、「他人が不可能だと言うことに着手する人間は、発見をし、発明を生み、世界を進展させます」と述べました。そして、継続的な見直しという原則と基本的信念の重要性に共に忠実であるために、2003年、IBM社員は、Values Jam(バリューズ・ジャム)と呼ばれる世界規模のオンライン会議で、IBMの本質的な価値の再検討と再構築を行いました。

企業の文化には、明文化されていなくても体系化されている価値と同じくらい重要な要素があります。こうした価値は、それは従業員の服装から(IBM社員のブルー・スーツは、近年有名でした)、切迫した状況下での行動の取り方まで多岐にわたります。IBMの長期にわたる存続の要因とその企業文化の重要な要素の1つとして、急進的な思考を許容しただけでなく、奨励したとことが挙げられます。IBMは、いわゆる「野鴨」(Wild Ducks:飼いならされてはいない鴨たちで、自立した社員のシンボル)を称賛しています。1980年にIBMに入社したIBMリサーチのフェローである、バーナード・マイヤーソン(Bernard Meyerson)は、次のように述べています。「ほとんどの場所は、私のような秩序を乱す者は、昔から攻撃の対象となるものです。IBMは完璧でこそありませんが、それでも戦うことを恐れず、データを基に議論すれば、勝つことができます」

IBMが長年かけて学んだことは、文化は経営の単なるツールではなく、経営の本質にほかならないということです。つまり、社員が正しい意思決定を行うのは、やるべきことを命じられたからではなく、やるべきことを知っていたからです。もしそうだとしたら、つまり、考えることに基づいて企業文化を育てることができるとしたら、何世紀にもわたる変化を通じて組織を維持し、導いていくことができます。