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IBM 100年の軌跡
 

アクセシビリティを考慮した職場環境の実現

IBMの歴史の中で多数の研究者、マネージャー、その他の専門家が重ねてきた努力のおかげで、IBMは、障がいのある人々のためのアクセシビリティの拡大におけるリーダー企業となりました。以下は、アクセシビリティ運動の先頭に立って働いてきたIBM社員のほんの一部です。(いずれも、2011年現在の記述です)

  • マイケル・ スパ 

    Michael Supa
    「適職についていれば、ハンディキャップはない」– マイケル・スパ

    障がいのある人々の雇用および訓練を目的としたプログラムの立案のために、IBMがマイケル・スパ博士を採用した1942年当時、彼はわずか24歳でした。スパ博士はニューヨーク州ビンガムトンで育ち、幼い頃に失明しましたが、コルゲート大学に進学し、盲導犬タフィーの助けを得て、トップの成績で卒業しました(この時期の話は1936年のニューヨーク・タイムズに掲載されました)。コーネル大学で修士号を取得後、IBMのエンディコットのオフィスで働き始めました。以後、彼はここで37年間、障がい者に対するIBMの取り組みを具体的な形にする仕事に費やしました。彼の在職中、IBMはニューヨーク市に障がい者のための訓練センターを開設し、シェルタード・ワークショップに仕事を下請けに出し、障がいを補償できるよう会社の福利厚生制度を広げました。スパの並外れた知性と楽観的なものの見方は有名で、1958年に障がい者雇用に関する大統領委員会から功労賞を受けた際には、ルーズベルト大統領のために点字読み取りの実演を行いました。1980年に亡くなったとき、彼はIBMの機会均等管理者を務めていました。

  • 浅川 智恵子 

    Dr. Chieko Asakawa
    「情報技術によって、視覚障がいのある人々の生活の質と仕事の質はどちらも大きく向上するはずです」– 浅川智恵子博士

    IBMフェローとして、浅川博士は技術上の最高栄誉を得ており、またIBMの非常に優れたイノベーターを代表するエリート集団の一員でもあります。浅川は1985年、東京基礎研究所に配属された後、アクセシビリティの研究に着手しました。アクセシビリティの研究が一つの分野として定義される10年も前のことです。1980年代、浅川はデジタル点字転写システムの開発に取り組み、転写プロセスのスピードアップ化を支援したほか、IBMホームページ・リーダーとソーシャル・アクセシビリティ・プロジェクトを通じて、視覚によらないアクセスが可能なウェブサイトを開設しました。アクセシビリティ技術の分野における浅川の数々の功績(20件の特許を保持)によって、視覚障害者のコミュニケーションのとり方や付き合い方が変わり、またIBMは同分野の世界的リーダーとなりました。浅川はIBMフェローの称号を持つほか、情報処理学会フェローであり、また米国女性技術者団体の殿堂入りも果たしています。浅川は、女性エンジニア協会の2010年度Achievement Awardも受賞しています。

  • フランセス・ W・ ウエスト 

    Frances West
    「私たちは、特別なニーズのある人や障がいのある人々にとって、テクノロジーは健常者と対等な立場に立つための手段になり得ると信じています」– フランセス・W・ウエスト

    フランセス・ウエストはHuman Ability and Accessibility Centerのディレクターとして、IBMがテクノロジー、ソート・リーダーシップ、製品、ソリューションを通じて、世界的な規模でアクセシビリティに関するリーダーシップを確立できるようにする責任を負っています。彼女のチームの拠点はIBMリサーチですが、彼らはIBMのあらゆる部門と協力して仕事を行っています。ウエストはIBM在職31年のベテラン社員で、IBMロータス・ソフトウェア・グループのチャネル・アライアンス・事業開発ディレクターや、IBMグローバル・サービスのグローバル・ファイナンス・サービス・ソリューション・ディレクターなど、多彩な職務をこなしてきました。さらに、IBMセールス&マーケティング部門ではさまざまなマネジメントのポジションに身を置き、そこでハードウェアおよびソフトウェア販売、IBMビジネス・パートナーおよびアライアンスの管理、新興市場における戦略的投資などを担当しました。さらに、ウエストは、障がい者支援技術を使用する製品やサービスを提供する企業が集まった非営利の業界団体、Assistive Technology Industry Association(ATIA)の理事会メンバーでもあります。アクセシビリティのエキスパートとして国際的にも認められているウエゥトは、アクセシビリティに関するゲスト・スピーカーとして頻繁に招かれるほか、ITアクセシビリティ開発を促進することの重要性を連邦議会で証言したこともあります。

  • フレッド・ イェリネック 

    Fred Jelinek

    フレッド・イェリネックはマサチューセッツ工科大学でPhDを取得し、ニューヨークのコーネル大学で教鞭を取った後、1972年からIBMリサーチで働き始めました。IBMでは連続音声認識、機械言語翻訳、テキストの構文解析および理解に関わる画期的な研究を行い、現代の音声認識および自然言語処理のフィールドの技術的基盤を作り上げたことで多くの人々に評価されています。彼のこの画期的な技術のおかげで、書き言葉や話し言葉をコンピューターに理解、転記、翻訳させることが可能になりました。この発見により、視覚機能や運動機能に障がいのある人々も、ワード・プロセッシングを使えるようになったのです。優れた研究者であるイェリネックが執筆した本には、「Probabilistic Information Theory」や「Statistical Methods for Speech Recognition」があります。数ある表彰の中には、IEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers)およびISCA(International Speech Communication Association)のフェローへの任命、およびNAE(National Academy of Engineering)への推薦がありました。1993年にIBMを退職した後は、メリーランド州のジョンズ・ホプキンス大学で学生の指導に当たりました。2010年に亡くなるまで、同大学で電気情報工学科のJulian Sinclair Smithプロフェッサー、および言語および音声処理センターのセンター長を務めました。

  • リチャード・ シュワートフィーゲル 

    Richard Schwerdtfeger
    リチャードは、国際的に広く認められたアクセシビリティ分野の専門家であり、身体的障がいを抱えた生活を20年間送っています。

    IBM ソフトウェアのアクセシビリティの最高技術責任者で、IBM Distinguished Engineer and Master Inventorの称号を持ちます。ソフトウェア・グループにおいて全体的なアクティビティのアーキテクチャーおよび戦略立案を担当しています。また、HTML 5、WAI Protocols and Formats、Ubiquitous Web Applicationsなど、さまざまなW3Cの標準化作業に関わっています。IMS GLC Access for Allアクセシビリティ標準化作業に加え、Web 2.0アプリケーション用のW3C WAI-ARIAアクセシビリティ標準化作業のワーキング・グループを立ち上げて議長を務めています。また、Open Ajax Alliance Accessibility Tools Task Forceを創設して共同議長を担っています。このタスク・フォースは、WCAG 2アクセシビリティの新しいルール・セットの策定、およびWeb 2.0アプリケーションのサポートに必要なベスト・プラクティスの報告において業界を主導しています。リチャードはAccessibility Interoperability Alliance運営委員会の前メンバーであり、クラウド・ベースのパーソナライズ・アクセスに主眼を置いたGlobal Public Inclusive Infrastructureに関するRaising the Floorの専門家チームのメンバーでもあります。IBMに入社した1993年に、ワトソン研究所においてスクリーン・リーダー/2の設計および開発に携わりました。その後、リチャード自身がJava Accessibility APIとIBM Self Voicing Kit for Javaを共同設計したサン・マイクロソフト社とのJavaアクセシビリティ関連のコラボレーション、シニア向けのWeb Accessibility Gateway、およびIAccessible2戦略など、IBMにおける数々のアクセシビリティ関連の活動を率いました。

  • マット・ キング 

    Matt King
    「障がいがあるというだけで、その人に対する期待値を下げる必要はない。人は人に対して期待値を下げやすいが、それが成功を阻む最もありふれた要因の1つだ。」 – Matt King

    ITアクセシビリティのチーフ・ストラテジストであるマット・キングは、CIOプログラムに対して戦略的かつテクニカルな方向性を提示し、IBMのITワークプレースを完全にアクセシビリティ対応にするプロジェクトを推進しています。それらの一環として、IBMのすべてのビジネス・アプリケーション、IBMのWebサイト/コミュニケーション・ソリューションをアクセシビリティ標準へ準拠させる推進作業、障がいのある従業員のためのITアコモデーション・プログラムを有効に機能させる取り組みなどを行っています。マットが最も関心を寄せているのは、障がいの有無に関わらず、すべての従業員が高い生産性を発揮できる機会を持てるようにすることです。また、W3Cのメンバーとしてアクセシビリティ標準制定の取り組み、論文の発表、アクセシビリティ会議への出席を行っています。マットは、IBMでの21年のキャリアを優に超える長い期間、アクセシビリティに関心を持ち続けており、網膜色素変性症の発病が原因で視力を失った1980年代からずっと支援テクノロジーを使用して仕事を続けています。マットは、ノートルダム大学の電気工学/音楽の理学士号を取得しています。また、優れたトラック・サイクリストでもあります。3回のパラリンピック・ゲームに出場し、国内および国際試合で数多くのメダルを獲得し、世界記録を打ち立てています。また、モチベーション・スピーカー(動機付け講師)として、自分についての話と洞察を伝えることを楽しみにしています。マットとキム夫妻は、娘のラヴィンと息子のスペンサーと共にオレゴン州ベンドで暮らしています。

  • アンディ・ スノウ・ウィーバー 

    「障がいのある人々、高齢者、そしてさまざまな多言語の世界を悩ませている情報格差を、コミュニティーが手を取り合って埋めていくところに、オープン・ソースの真価が発揮されるのだと思います。」

    アンディ・スノウ・ウィーバーは、20年以上にわたるユーザー・インターフェースとアクセシビリティの経験を活かして、世界規模でのIBMの国際的なアクセシビリティ標準機関への参加を推進する役目を担っています。また、業界独自の専門知識を世界規模のITアクセシビリティ標準に組み込み、障がいのある人々のための情報技術で主導的役割を果たしてきたIBMの伝統に沿った社内標準を推進する責任も負っています。